フィリップ・ワイズベッカー展

─ Interview

フィリップ・ワイズベッカー展 「View points」

 

GALLERY CLASKA としては約1年ぶりとなる今回の企画展のタイトルは 「View points (視点)」。
常に進化を続けるワイズベッカーさんの 「今」 を感じさせる、 60点以上の新作を展示しています。
展覧会スタート直前、 ワイズベッカーさんに今回の展示作品についてお話を伺いました。


写真:柳川暁子 (CLASKA) 文・編集:落合真林子 (CLASKA) 通訳:貴田奈津子、 松井史(Bureau Kida)



 
フィリップ・ワイズベッカー展
 

Profile
フィリップ・ワイズベッカー Philippe Weisbecker


1942年生まれ。 1966年フランス国立高等装飾美術学校 (パリ) 卒業。 1968年ニューヨーク市に移住し、 活動をはじめる。 アメリカの広告やエディトリアルのイラストレーション制作を数多く手がけた後、 2006 年フランスに帰国、 アートワークを本格的に制作開始。 2002年アンスティチュ・フランセ日本が運営するアーティスト・イン・レジデンス、 ヴィラ九条山 (京都) に4か月間滞在。 現在はパリを拠点に活動し、 欧米や日本で作品の発表を続けている。 日本では広告の仕事も多く、 JAGDA、 NYADC、 クリオ賞、 東京 ADC、 カンヌライオンズなど国内外で受賞。 著書に 『HAND TOOLS』(888ブックス、 2016年)、 『Philippe Weisbecker Works in Progress』 (パイ・インターナショナル、 2018年) などがある。


フィリップ・ワイズベッカー展
 

──今回のタイトルは 「View points (視点)」。 複数の新作シリーズで会場が構成されており、 いずれの作品も今現在のワイズベッカーさんの視点そのものだと思うのですが、 特に思い入れのあるシリーズはありますか?

フィリップ・ワイズベッカーさん(以下、 敬称略):
いくつかありますが、 ひとつは 「JOYAUX (宝石)」 というシリーズです。 当初それぞれの宝石箱を異なった色で彩色する予定にしていたのですが、 制作を進める中でふと "黒い色鉛筆" が目に留まりました。 試しに宝石箱を黒で彩ってみると、 既に他の色で着色していたものとは比べ物にならないほどの圧倒的な力強さを放ち、 "本質的なもの" に変化したことを実感して、 はっとしたんです。 「本質的であること」 は、 私が作品を描く中で常に追求していることでもありましたので……。 一般的に「黒は全ての色の総和である」 とも言われていますしね。


フィリップ・ワイズベッカー展

「JOYAUX」シリーズ

 

──「JOYAUX」 シリーズは、 全て黒で統一されていますね。

ワイズベッカー:

はい。 既に別の色で着色していた全ての宝石箱を、 黒で塗り直しました。 塗り直すのは正直大変な作業でしたが、 結果、 自分が思い描いていた通りのシリーズが完成して努力が報われる思いです。 今では、 ひとつのシリーズに取り組む際には全ての絵が同じ色であるべきだと思っています。 決して黒だけにこだわるということではなく、 その時の気分によって色は白でも赤でも青でもいいのです。

──「黒」 繋がりでいうと、 「CLAIR OBSCUR (明暗)」 と 「INTO THE NIGHT (夜へ)」、 この2つのシリーズに関しても色は黒で統一されています。

ワイズベッカー:
「CLAIR OBSCUR」 と 「INTO THE NIGHT」 は、 「JOYAUX」 に続いて着手したシリーズです。 扱ったテーマが黒という色に適していましたし、 自分自身が 「JOYAUX」 シリーズを描くことで "黒" の中にいたので、 同じ色調で続けることが自然だと感じました。


フィリップ・ワイズベッカー展

「CLAIR OBSCUR」 シリーズ

 

──前回の展示では、 日本から持ち帰ったという 「米袋」 に描いた大型作品も登場しました。 今回、 絵を描く素材に関して何か新しい出会いはありましたか? 

ワイズベッカー:

これまで、 紙は自分にとってある種の "課題" でした。 真っ白な新しい紙ではなく古びた風合いのものを求めていたので、 イメージに合う古い紙を見つけるか、 少し人工的なプロセスを踏む必要があったんです。 でも今は、 少し状況が変化しました。 もちろん魂を持った古い紙との偶然の出会いが新しいシリーズのインスピレーションになることもありますが、 普通の包装紙で十分。 ほんの少し白を垂らして塗れば、 それで準備完了です。 乾くと元の紙の痕跡が再び現れ、 その上に絵を描くと元の紙の記憶も含めひとつの作品になるという点が、 とても気に入っています。


フィリップ・ワイズベッカー展

米袋に絵を描いた大型作品 「LE PLEIN」

 

──今回の展覧会に合わせ、 ワイズベッカーさんが2014年から2024年にかけて描き溜めたオブジェの日記 (12冊) を合本し、 一冊にまとめた本 『DIARY』 (EDITHON 刊) が発売されました。 「オブジェを描きためていく」 という習慣がはじまったきっかけはなんだったのでしょうか?

ワイズベッカー:

私はこれまで日記をつけたことはないのですが、 予定を書きとめるために小さな手作りの手帳を使っていました。 サイズは10cm×8cmという、 とても小さなものです。 ある時それを見た友人であり編集者でもある吉田宏子さんが 「それとそっくり同じものをつくって、 商品として販売するのはどうか」 という提案をしてくれました。 その提案が実現したことで、 小さな手帳が私の手元に沢山ストックされることになったのです。 もう12年以上も前のことになりますが、 私は毎週土曜になるとヴァンヴの蚤の市に出かけ、 インスピレーションを探していました。 気になるものを見つけると記録に残すために手帳に数本の線でスケッチをして、 アトリエに戻ったあとに丁寧に描き直し、 日付や場所、 自分がそれに惹かれた理由を書き加えるということを始めたんです。


フィリップ・ワイズベッカー展

『DIARY』(EDITHON 刊)

 

──蚤の市以外にも、 さまざまな場所でスケッチをしたそうですね。

ワイズベッカー:

財布や携帯電話と一緒にポケットに収まるサイズのノートなので、 日常生活はもちろん時に旅先など、 どこにいてもその時の気分に従って 「記録に残したい」 と感じたさまざまな物を描き加えていきました。 ひとつの手帳が終われば、 次の手帳へ。 すべて同じ大きさ、 同じ表紙で、 統一感のあるシリーズが始まりました。 自分自身の日記というよりは、 描かれたものたちの日記です。 今から2年前、 編集者の櫛田理さん (Fragile books) に12冊の手帳を見ていただいたことがきっかけで、 今回の書籍化が実現しました。

──この書籍に収録されたここ10年間の視点、 そして今回展示させていただいている最新作を拝見して、 ワイズベッカーさんの旅は現在進行形なのだと改めて感じました。

ワイズベッカー:
実を言うと、 私はこれまでの人生で絵を描くのが好きだったことはないんです。 でも、 絵を描くことは私が自分自身の存在に意味を見出そうとする時に使える唯一の手段なんですね。 絵を描くようになり随分と長い時間が経ちましたが、 自分の絵や活動について語るべきことが、 まだ沢山あると感じています。


フィリップ・ワイズベッカー展
 
 

Information
フィリップ・ワイズベッカー展 「View points」


会期:2025年10月31日(金)〜2025年11月23日(日)
営業時間:水曜〜日曜 12:00〜17:00 定休日:月・火曜
会場:GALLERY CLASKA (住所:東京都港区南青山2-24-15 青山タワービル9階)
●東京メトロ銀座線 「外苑前」 駅 b1出口より徒歩1分