フィリップ・ワイズベッカー展

─ Interview

フィリップ・ワイズベッカー展
「PHILIPPE WEISBECKER 2023-2024」

 

CLASKAでは7度目となる、 恒例のフィリップ・ワイズベッカー展を開催中です。
パリとノルマンディーのアトリエで描かれたという新作の数々は、
"ラッキーなアクシデント" から生まれたものも多いそうです。
展覧会初日スタート直前、 ワイズベッカーさんに今回の展示作品の制作背景についてお話を伺いました。

写真:野口祐一、 柳川暁子 (CLASKA) 文・編集:落合真林子 (CLASKA) 通訳:貴田奈津子



 

Profile
フィリップ・ワイズベッカー Philippe Weisbecker


1942年生まれ。 1966年フランス国立高等装飾美術学校 (パリ) 卒業。 1968年ニューヨーク市に移住し、 活動をはじめる。 アメリカの広告やエディトリアルのイラストレーション制作を数多く手がけた後、 2006 年フランスに帰国、 アートワークを本格的に制作開始。 2002年アンスティチュ・フランセ日本が運営するアーティスト・イン・レジデンス、 ヴィラ九条山 (京都) に4か月間滞在。 現在はパリを拠点に活動し、 欧米や日本で作品の発表を続けている。 日本では広告の仕事も多く、 JAGDA、 NYADC、 クリオ賞、 東京 ADC、 カンヌライオンズなど国内外で受賞。 著書に 『HAND TOOLS』(888ブックス、 2016年)、 『Philippe Weisbecker Works in Progress』 (パイ・インターナショナル、 2018年) などがある。


フィリップ・ワイズベッカー展

Photo:Yuichi Noguchi

 

──今回も沢山の新作を届けていただきありがとうございます。 この1年半は、 どのようにお過ごしになっていましたか?

フィリップ・ワイズベッカーさん(以下、 敬称略):
仕事、 ですね (笑)。 週末も含め、 ほぼ毎日のように仕事をしていました。

──パリとノルマンディー、 フランス国内の2か所にご自宅とアトリエをお持ちだそうですが、 やはりパリがメインですか?

ワイズベッカー:

そうですね。 一年の 3/4 くらいはパリにいるのですが、 今年の夏は2ヶ月間ずっとノルマンディーで過ごしました。 自宅とアトリエがあるのはトゥルーヴィルという海辺の町なのですが、 仕事ばかりしていたので滞在中一度も浜辺に行ってないんですよ (笑)。 外出といえば時々パンを買いに行くのと、 妻のロジーヌとレストランに食事をしに行くくらいで。

フィリップ・ワイズベッカー展
 

──とても忙しくされていたんですね。

ワイズベッカー:
というのも、 10月にフランスのブルターニュと東京で2か所、 12月にフランスのマルセイユで展覧会を予定していたんです。 だから、 沢山の作品を制作する必要があったんですね。 ブルターニュが港町ということで、 そこからアイディアを得てまずは船の作品から取り掛かったのですが、 一度描きはじめたら楽しくなって今回の 「GALLERY CLASKA」 での展示も船の作品が多くなりました。

──船を描くのは今回がはじめてですか?

ワイズベッカー:

はい。 以前からオブジェとしては沢山コレクションしていたのですが、 自分の絵のスタイルに合わせにくいというか、 前後でかたちが違ったり煙突がついていたり、 ものとしての構造が複雑なので作品として描くことがなかったんです。 でも……。

──描きはじめたら気に入ってしまったんですね(笑)。

ワイズベッカー:

そうなんです(笑)。平面の作品に関しては、前後でかたちが異なる船も描いていますが、 カルトンでつくったオブジェは前後のかたちを揃えてつくりました。

フィリップ・ワイズベッカー展

Photo:Yuichi Noguchi

 
フィリップ・ワイズベッカー展
 

──平面の作品は様々なかたちの船が描かれていてある種の不規則さを感じますが、 オブジェ作品の船はとても静かな印象ですね。

ワイズベッカー:

前後のかたちを揃えたことで "動き" が感じられないものになり、 自分が今までつくってきた建築物などのオブジェと並んでも違和感がない佇まいになりました。 とても気に入っています。


"ラッキーなアクシデント" から生まれたもの

──船や建築物のほかにも、 部屋のコーナー、 そして輪ゴムなど様々なモチーフを描いた作品があります。 特に輪ゴムは新鮮に感じました。

ワイズベッカー:
輪ゴムの作品はとても満足しているんです。 まずは、 どこからこのテーマが出てきたか説明したいので……写真をお見せしますね。 (スマートフォンのアルバムをスクロールする) 私はドイツの画家 アンゼルム・キーファーが好きなのですが、 輪ゴムの作品を制作しはじめる1ヶ月ほど前にいつも読んでいる新聞にキーファーのポートレイトが載っているのを見つけたんです。 「後でノートに貼ろう」 と思い、 切り抜いてアトリエにあった紙の上にぱっと置いたのですが、 さらに同じ紙の上にその辺にあった輪ゴムを何気なく置いておいたんですね。

フィリップ・ワイズベッカー展
 
フィリップ・ワイズベッカー展
 

翌日アトリエでその紙を改めて見た時、 組み合わせの意外性に驚きと感動を覚えて、 早速キーファーの写真と輪ゴムをセットにして紙に張り付けました。 今回の輪ゴムのシリーズは、 こんなラッキーなアクシデントからスタートしています。

──そういうアクシデントは珍しいのでしょうか?

ワイズベッカー:

そう度々はないですよね。 だからすごくモチベーションが高まって、 輪ゴムの作品は1週間くらいで約30点を仕上げたんです。 制作のスピードとしては自分史上最速かもしれません (笑)。

──輪ゴムは私たちにとって実に身近な存在ですが、 こうして作品として描かれたものを見るとまるで得体のしれない生き物のようにも見えて面白いです。

ワイズベッカー:

私は具象と抽象の間で制作をすることが多いのですが、 輪ゴムは見る人によって具象にも見えるかもしれないし抽象にも見えるかもしれない。 そういうところも気に入ったんです。 だから、 作品には具体的なタイトルはつけずに番号のみを入れました。 見てくれた人が自由に感じてくれたらいいなと思います。

フィリップ・ワイズベッカー展

Photo:Yuichi Noguchi

 

──ボトルの絵に本物の輪ゴムを絡めた作品もありますね。

ワイズベッカー:
絵自体は2年程前に完成させていたのですが、 何かが足りない気がして発表せずに保管していました。 それが今回、 「ここに輪ゴムを入れたら、 液体の様になるんじゃないかな?」 と思ってやってみたら上手くいったんです。 こういうアプローチははじめてではありませんが、 自分としては珍しいことですね。 割と計画性を持って考えてやるタイプなのですが、 こういう偶然が起こるととても嬉しいです。


空間を上下逆に描いてみたら……

──部屋のコーナーを描いた一連の作品には、 ちょっとした仕掛けがあるそうですね。

ワイズベッカー:
実はこのシリーズも、 偶然の出来事から生まれたものです。 数年前に 「畳」 をテーマにしたモノクロのシリーズを描いたのですが、 とても好きなシリーズだったのでもう一度やってみようと思いました。 前回描いた時と同じように床に畳の筋を入れようとした時、 ふと 「筋を入れなくてもいいんじゃないかな?」 と思い、 さらに空間の天地を逆にして描いてみたんです。 つまり本来は床であるものが天井になっているわけですが、 畳の筋を描かなかったことで空間として違和感なく成立しました。

フィリップ・ワイズベッカー展
 

──以前 「畳」 のシリーズを描いた時は浮世絵から人の姿を抜いて空間のみを描いたそうですが、 今回は畳の線も抜いてさらにシンプルに。 この作品は、 上下逆にしても楽しめるということですよね。

ワイズベッカー:
そうですね。 今度はこの作品に色をつけてみたいなと考えています。 モダンなランプを付け加えてもいいかもしれない……大きなサイズの作品にするといいんじゃないかな? 色々試行錯誤してみたいですね。


"時" の地層をつくる

──ワイズベッカーさんが描くモチーフはもちろんですが、 絵を描く紙の "素材選び" にも興味を惹かれます。 今回、 何か新しい出会いはありましたか?

ワイズベッカー:
今回展示している船のシリーズで一番大きな作品は、 前回来日した時に長野から持ち帰った米袋に描いたものなんですよ。

──米袋ですか!

ワイズベッカー:
普通のクラフト紙だとしわしわした感じになるんですけど、 米袋の紙は重たいのでまるで布に描いているような感触で気に入りました。 また買って帰りたいと思っているくらいです。 ここ数年は、 例えばスーパーの包装紙のような "もともと何かに使われていた紙" を使うことが増えましたね。 昔から白くてきれいな紙があまり好きではなく、 古くてシミのついた紙を使ったりしていたんですけど、 米袋は大きな発見でした。  

 
フィリップ・ワイズベッカー展
 

──私たち日本人にとって見慣れたものではありますが、 まさかこのようなかたちで活躍するとは思いませんでした。 よく見ると、 ペイントの下に格子の線が見えますね。

ワイズベッカー:

小さく描いたものや写真などを拡大して描く時は、 プロジェクターなどを使って壁に投影してそれをなぞるという方法が一般的だと思います。 でも、 この作品を描いたノルマンディーのアトリエにはプロジェクターが無かったので、 昔ながらの格子線を使ったやり方で拡大して描いたんです。 その線がうっすら透けることで、 船が "何か" の上に浮かんでいるような雰囲気になりました。

──建築物を描いた作品も、 近くに寄ってじっと目を凝らしてみるとうっすら文字が見えたり、 何かしらの痕跡のようなものが見えます。

ワイズベッカー:

もともと何かに使われていた紙を素材に使う場合、 そこに印刷されている文字などは完全に消し切らずに生かすことが多いのですが、 今回展示している建築物を描いた作品の一部にもちょっとした工夫をしました。 ノートに描きためていた小さい建物の絵をまずは拡大コピーして、 そこに新たに描き足しをして作品を仕上げていく……という手法をとっているんです。

──面白いですね。 "時の厚み" みたいなものを感じさせます。

ワイズベッカー:

まさにそういうことです。 時間の地層を重ねていくような感覚ですね。


フィリップ・ワイズベッカーの 「今」

──今回の展覧会のタイトルは 「PHILIPPE WEISBECKER 2023-2024」。 これまで CLASKA で開催した展覧会のタイトルには必ず何かしら具体的な言葉が入っていたので、 それらと比較すると実にシンプルです。 "ラッキーなアクシデント" から生まれた作品のことや新たな素材との出会いなど今回伺ったお話を踏まえると、 今回の展示はワイズベッカーさんの日記、 或いはここ一年半のドキュメンタリーという捉え方もできるのではないかと思い、 このシンプルなタイトルが妙に腑に落ちました。

ワイズベッカー:

確かにそういう側面はありますね。 タイトルは必ずしも必要なものではないですし、 表面的なものでもありますから。 それに、 展示内容を説明する具体的な言葉がない方が先入観に縛られず、 まっさらな気持ちで作品を見ることができるかもしれません。

──確かにそうですね。

ワイズベッカー:

私の展示を見てくれた人が何かしらの作品を気に入ってくれたとしたら……それはきっと、 その方の内面に何か響くものがあった、 或いは何かを感じたからですよね。 そしてその "何か" というのは、 説明がつかないことが多いと思うんです。 でも、 説明できることは重要ではありません。 "自分が何かを感じている" ことを実感することが、 幸せなんですから。 自分の作品を見てくださる方がそんな気持ちになってくれるならばとても嬉しいなと思います。

フィリップ・ワイズベッカー展
 

──前回のインタビューで 「いつか自分にとっての "真実" を見つけたい。 そのために新しいことに挑戦し続ける」 とおっしゃっていましたが、 その気持ちは今でも変わらないですか?

ワイズベッカー:

そうですね。 自分の制作スタイルを決めて繰り返しやるのは自分にとってとても退屈なことなので、 相変わらず探し続けています。 それでも何とかなっているから……今のところ上手くいっているんじゃないかな (笑)。

フィリップ・ワイズベッカー展

Photo:Yuichi Noguchi

 
 

Information
フィリップ・ワイズベッカー展 「PHILIPPE WEISBECKER 2023-2024」


会期:2024年10月25日(金)〜2024年11月17日(日)
営業時間:水曜〜日曜 12:00〜17:00 定休日:月・火曜
会場:GALLERY CLASKA (住所:東京都港区南青山2-24-15 青山タワービル9階)
●東京メトロ銀座線 「外苑前」 駅 b1出口より徒歩1分