「ボクはおじさん」の買い物再入門!

第2回:秩序あるものは美しい
「金重多門さんの銘々皿と柴田有紀さんのコップ」

文・イラスト:大熊健郎 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(CLASKA)


 家具好きにとって椅子は悩ましい存在である。 なぜか。 それは次から次に欲しい椅子が出てきてしまうから。 大型の家具、 例えばソファやキャビネットなどに比べると椅子は場所も取らず、 価格的にも手頃なものも多く、 そして何よりヴィンテージから新商品までデザインも素材も選択肢が豊富というのがとにかく悩ましい。

 そんな椅子好きの家には一脚ずつ違うデザインの椅子が増えていく。 もちろん椅子好きだからそういう状態をむしろ好ましく思う人がほとんどだろう。 愛する椅子たちに囲まれたハーレム状態に毎日ウキウキしている人も多いかもしれない。 かくいう私もそのタイプで、 同じ椅子で揃えるのは退屈という思いで長く過ごしてきた。 それがある時を境に考えが180度変わることになったのである。

 10年程前、 ある憧れの知人宅に招かれた時のことである。 室内はとにかくクリーンで品のいい空間。 ダイニングテーブルの上にはモノが何ひとつ置かれていない。 そこにお茶とお菓子が登場すると、 思わず 「さすが!」 と唸りたくなるようなセンスのよい器が人数分全て同じものでサーブされた。 むろん皆が座る椅子もウェグナーで揃っている。 その時突然私の内部に何かが震える感じを覚えた。 「そうだ、 これなんだ!」。 品格と美しさをもたらすもの、 それは 「揃える」 こと。

 ひるがえって我が身を見れば、 その対極を実践してきた事実に唖然とする。 椅子はともかく器なんかその最たる例である。 気に入ったものをひとつか、 揃えてもふたつという感じでバラバラ購入してきた結果、 食器棚の中はまさにダイバーシティ状態。 いやいや食器棚だけじゃない、 クローゼットも靴箱の中もあらゆるものが以下同文である。 「よし、 舵を切るぞ!」 と私は固く決心したのだった。

 まずは器からということではじめて五客揃えて購入したのが小皿である。 備前焼の作家、 金重多門さんの銘々皿で京都にある 「ギャラリー日日 (にちにち)」 で出会ったもの。 やや肉厚な生地感と正円ではない絶妙に歪みのあるフォルム、 そして何とも表現し難いこげ茶の色合いが最高に好みだった。 これを目にした時真っ先に頭に浮かんだのが、 京都の名店 「本家月餅屋直正」 のわらび餅がのった姿。 京都に来たら何をおいても買わずにはいられない大好物のお菓子と備前焼のマリアージュ。 文句なしである。

 もうひとつ、 最近揃えたお気に入りが柴田有紀さんのコップ。 コップもこれまで散々浮気を繰り返してバラバラと数だけ多くなっていた。 やっとこれならと思えたのがこのコップである。 日常使いにぴったりな気取りのない 「ふつう」 な佇まいの中にほんの少し 「ふつう」 ではない感じがある。 その 「ほんの少し」 の部分に作家さんの個性、 品と穏やかさを感じている。 京都風に言うなら 「はんなり」 したコップとでも言うのだろうか。 実はこのコップも京都に行くと必ず立ち寄る大好きな店 「Kit」 で購入した。

 脳は秩序を好む。 それならなんでも整理整頓させるように脳が筋肉に命令を出したらよさそうなものの、 実際そこまではやらない。 脳は好みについてはうるさいけど怠惰でめんどくさがり屋なのだ。 いや私の脳がそうなだけかもしれない。 だから私のような脳を持った人は小さなことから一歩ずつやるしかない。 コップ、 お皿……自分が死ぬまでに一体どこまで進めることができるだろう、 いや考えるのはやめとこう……。


Profile
大熊健郎 Takeo Okuma

1969年東京生まれ。 大学卒業後、 イデー、 全日空機内誌 『翼の王国』 の編集者勤務を経て、 2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。 同時に 「CLASKA Gallery & Shop "DO" 」をプロデュース。 ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。

>>CLASKA ONLINE SHOP でのこれまでの連載
> 「21のバガテル」 (*CLASKA発のWEBマガジン「OIL MAGAZINE」リンクします)


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