「ボクはおじさん」の買い物再入門!
文・イラスト:大熊健郎 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(CLASKA)
水色。 ああ水色。 「あ〜水色の雨〜」……。 そう私は最近、 水色という色に恋している。 以前は特別関心のある色ではなかったのだが、 ある一枚の写真を目にしたのがきっかけで恋に落ちてしまった。 それはイタリア人建築家、 アルド・ロッシのアトリエを映した写真だった。 製図用のデスクが置かれた部屋の壁が鮮やかな水色に塗られていたのを見た私は一瞬 「え、 水色?」 と思い、 次の瞬間 「なんてお洒落なんだ!」 と思わずにはいられなかったのである。
なぜ急に惹かれるようになったのかは自分でもわからない。 色好み、 いや色の好みはもう理屈ではなく、 その人の生理といってもいいだろう。 ともかくそれからというもの、 水色のものを見かけると胸が少しザワザワするようになった。 通りにかかる水色の歩道橋、 水色のフォルクスワーゲン・ビートル、 水色の色褪せた封筒、淡い水色の使い捨てライターにさえ時に詩情を感じてしまう。
ある日、 栃木県の益子にある大好きな店 「starnet (以下スターネット)」 で水色の魅惑的なピッチャーを見つけた。 いや、 正確にいうとその何年も前からそこにあることは知っていた。 でも初めて見た時はまだ水色に恋していなかったので、 それほど気に留めなかったのである。 それがその日は急に胸がときめいたのだから不思議である。
ピッチャーは益子の陶芸家である郡司庸久さんの作品だった。 水色、 より正確に言えば 「浅葱 (あさぎ) 色」 というのだろうか。 改めてよく見ると実に官能的だった。 にも関わらず、 なぜか心に迷いがありその日は購入に至らなかった。 わりと大きなピッチャーだったので大きな焼き物を抱えて帰ることに躊躇したというのもあるし、 値段のせいだったかもしれない。 私は手ぶらで帰路についたのである。
その後も何度かスターネットを訪ねながらも、 買わずにやり過ごしていた。 それにもかからず、 店を訪ねる度に 「まだあるかな、 売れてないかな?」 とスリルを楽しむようにもなっていた。 自分でもなぜそんな心理状態になったのかよくわからない。 そもそも人気作家である郡司さんの作品がなんで売れていないのかな、 棚の結構高い位置に飾ってあったからみんな見過ごしているのかな、 なんて余計なことまで考えるようになっていた。
結局初めて目にしてから数年、 いや5,6年経ってからのことである。 益子の窯元さんに器の仕入れに行った際、 スターネットに立ち寄った時だった。 「あー、 ない! ピッチャーがない!」 といつもの棚にピッチャーが置かれていないことに気がついた私は一瞬パニック状態になり、 激しい後悔の念に襲われた。 「あーなんで買っておかなかったんだ、 このバカ、 バカ、 バカ!」 と自分を責め続けた。
人は失って初めてその本当の価値に気付かされるという。 これまで何度同じ過ちを繰り返したというのだろう。 うなだれ、 虚脱状態になって店内をうろついていた私の目にいつしか水色のピッチャーの幻影が浮かんだ。 「ん? あれ、 これは……」 それは幻影ではなかった。 ピッチャーは別の棚に飾られていただけだった……。 「あ〜ごめんよ、 長い間弄んだ僕が悪かった。 今度こそ本当に籍を入れる、 いや家に連れて帰るから」。 それから二人は幸せに暮らしたとさ、 って何の話だったかな。
Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。 大学卒業後、 イデー、 全日空機内誌 『翼の王国』 の編集者勤務を経て、 2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。 同時に 「CLASKA Gallery & Shop "DO" 」をプロデュース。 ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。
>>CLASKA ONLINE SHOP でのこれまでの連載
> 「21のバガテル」 (*CLASKA発のWEBマガジン「OIL MAGAZINE」リンクします)
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