TOKYO AND ME

東京で暮らす人、 東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、 写真家・ホンマタカシが切り取る。

写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子 (CLASKA)


Vol.70 熊谷充紘
( 「twililight」 店主 ) 

 

PLACE : 三軒茶屋 (世田谷区)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sounds of Tokyo 70. ( Sangenjaya station )


地元は愛知県の豊田市。 トヨタ自動車の本拠地で、 いわゆる企業城下町です。

幼い頃のことを思い返した時、 最初に頭に浮かんだのは小学校低学年の時に観た映画 「ネバーエンディング ・ ストーリー」 のこと。 主人公の少年の口癖が気に入ってよく真似していたのですが、 ある時学校の先生が 『はてしない物語』 という映画の原作本があることを教えてくれました。 当時の自分が読むにはかなり分厚い本でしたがすっかり夢中になって、 2 日ほどで読み終えたんです。
それまでも時間を忘れて何かをすることはありましたが、 「夢中になるってこういうことなんだ」 「もしかしたら自分は本が好きなのかもしれない」 ということをはじめて実感した瞬間であり、 今思えば将来の生き方に繋がる大きな出来事だったかもしれません。

専門学校に進んでトヨタの工場で働くか、 大学に進んでトヨタの幹部を目指すか。
幼い頃は意識しませんでしたが、 年齢が進むにつれて豊田で暮らす自分たちの将来がなんとなく決められている感じに疎外感や居場所の無さを感じるようになります。 中学に進むとさらにその思いは強くなって、 それと比例するように本を読む量がどんどん増えていきました。 読書をしている間は 「自分がいる場所だけが世界ではない」 ということを実感できましたから。
高校は地元の学校に進学しましたが、 学校の授業が面白いと思えず喫茶店に入り浸るように。 卒業したら地元を出て東京の大学に行きたいと考えるようになりました。

東京に対する気持ちは、 "憧れ" とは少し違うものだったと思います。
何か特別な場所というよりは "自由になれる場所" みたいな感じ。 一人ひとりが自由に生きていて、 地元に居場所がない自分のような人間が集まっているんじゃないか? そういうイメージです。

ところがいざ東京で暮らしてみて気が付いたのは、 上手くいかないのは環境のせいではなくて自分自身の問題だ、 ということでした。
それまでは 「自分は何でも出来るはずなのに環境が合わない」 と思い込んでいたけれど、 自発的に行動を起こさない限り、 どんな環境にいても自分の居場所はつくれないことに気が付いたんです。
色々と考える中で編集の仕事に興味を持ち、 大学卒業後は出版社に就職しました。

会社員として 5 年働いて、 2011 年からフリーランスに。 そこから約 10 年は、 一旦地元に戻ってフリーペーパーを発行したり、 「ignition gallery」 という屋号で展示やイベントの企画をしたり。 コロナ禍をきっかけに本の出版もするようになりました。
そして 2021 年の 11 月、 イベントでお付き合いのあった三軒茶屋のカフェ 「nicolas」 の店主・曽根さんから 「うちの上の階が空くよ。 興味があれば紹介できるけど、 どう?」 と、 突然電話がかかってくることになります。

店を出すことなんて全く考えていませんでしたが、 誘ってくれたことが嬉しかったので 12 月に上京して内見に行って、 空間の持つ雰囲気が良かったのでやると決めて、 1 月に愛知県から三軒茶屋に引っ越して、 3月に書店兼カフェ兼ギャラリー 「twililight (トワイライライト) 」 をオープンしました。
約 2 ヶ月という物凄いスピード感で開店準備をしたこと、 そして自分で選んだ街ではないということもあって、 店を開店する時点では三軒茶屋に対する意識がほぼありませんでした。 住む家も、 自分では内見せずに不動産屋に決めてもらったくらいなので (笑)。

店がなんとなく回りはじめて、 今年の6月に店の近くに住まいを移して……ようやく実感が出てきたところです。
好きな店も少しずつ増えてきました。 やはり店の周辺が多くなりますが、 「nicolas」 「TROPE」 「LONG WEEKEND」 「OBSCURA COFFEE ROASTERS」 その他色々。 路地裏が生きている街だな、 と思います。 休みの日は駅前にある 「キャロットタワー」 の展望ロビーに行ったりもしますね。 同じフロアにある喫茶店でケーキを食べながら景色を見るのが好きなんです。

店をはじめて 4 年。 もちろん来てくださる方が求めるものを届けられるような選書を心掛けていますが、 いわゆる "街の本屋" にはなれないだろうと思っています。
セレクトはまあまあ偏っているし、 検索性が高い陳列方法ではないから、 どこにどんな本があるかもわかりにくい。 ビルの 3 階まで階段で上がらなければいけないので、 体力的に難しい方もいるかもしれません。

でも、 "一人ひとりのための本屋" にはなれるんじゃないか、 なれたらいいなと思っています。
誰かにとって 「twililight」 が三軒茶屋に来る理由のひとつになったら嬉しいですし、 高校生の時の自分が助けてもらった喫茶店のように、 この街に居心地の悪さを感じている人にとってのサードプレイスになれたらいいな、 とも思います。 恩返しっていうと大げさですけどね。

縁あって偶然暮らしはじめた街ですが、 今が一番自分の手で日々をつくっている感覚があるかもしれません。 人生は自分のものである、 という実感があるというか。
かつての自分は生まれ故郷に対して 「ここには何もない」 と決めつけてしまったけれど、 それは幼さ故で本当につまらないことだったなと負い目を感じています。 だからこそ今自分がいる三軒茶屋のことをもっと知りたいし、 「twililight」 という場を通してやれることがあるんじゃないか。 そんな風に思っています。


Profile
熊谷充紘 Mitsuhiro Kumagai


1981年、 愛知県生まれ。 三軒茶屋の本屋 & ギャラリー & カフェ 『twililight』 店主。 出版社としても、 『体の贈り物』 レベッカ・ブラウン 著、 柴田元幸 訳、 『珠洲の夜の夢 / うつつ・ふる・すず さいはての朗読劇』 大崎清夏 著などを刊行。 本と出合う場を広げるべく、 イベント企画や選書、 執筆も行う。

HP: https://twililight.com/
Instagram: @twililight_

東京と私