TOKYO AND ME

東京で暮らす人、 東京を旅する人。
それぞれにとって極めて個人的な東京の風景を、 写真家・ホンマタカシが切り取る。

写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子 (CLASKA)


Vol.64 金原ひとみ (作家) 

 

PLACE : 渋谷 (渋谷区)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sounds of Tokyo 64. ( Shibuya Scramble Crossing )


私にとって、 渋谷といえばライブハウス。

2012 年から 6 年フランスで暮らして帰国した後、 ひさしぶりに日本の音楽に触れられることが嬉しくて度々足を運ぶようになりました。
「渋谷 CLUB QUATTRO」、 「WWW」、 それから 「Spotify」 系のライブハウスも。
好きなアーティストが渋谷でライブをすることが多く、 自然と足を運ぶ機会が増えていきました。

音楽はとても大切で、 無くてはならないもの。
「ELLEGARDEN」 のように若い時からずっと聞き続けているアーティストもいるし、 娘たちに教えてもらったことがきっかけで最近好きになったアーティストもいます。
私たち親子は性格こそ正反対なのですが、 音楽の趣味は遺伝したのか娘たちも立派なライブキッズに育ちました。 音楽は家族共通の話題でもあります。

仕事をしながら音楽を聴くことは最近はあまりありませんが、 煮詰まってくると 「ああ、 音楽に逃げたい」 と思うことが多々あって。 そういう時ライブに行くと、 気分転換や息抜きになるのはもちろんですが仕事の活路を見出せる瞬間がふと訪れることがあるんですね。
完全に音楽に没頭するライブ、 過去の記憶や今の気持ちにシンクロしてぼろぼろ泣くライブ、 ただただ楽しいだけのライブ……その時によって色々ですが、 ライブ中にパッと物語の場面が見えてきて慌ててメモを書き留めることもあったりします。

そんな音楽との関係が、 2019年末からのコロナ禍で一変しました。

アーティストたちはライブ活動を控えるようになり、 都内のライブハウスのほとんどが営業休止に。 「不要不急」 という言葉を度々耳にするようになり、 「皆が必死になっている今、 エンターテインメントは自粛すべきだ」 という空気があっという間に浸透していきました。
「不要不急」 って、 音楽に限った話ではなく映画や演劇、 小説もそうですよね。 それこそ 「自分がやっていることって何なんだろう?」 とも考えましたし、 これがあったから生きてこられたと思うものが "不要なもの" とされていく流れに、 抵抗を感じました。
実際、 そういうものが無くなって死んでしまう人っていると思うんです。

混沌とした状況の中、 観客の立ち位置指定やマスク着用義務化、 ダイブ・モッシュ禁止などのルールを決め、 ライブハウスが少しずつ営業を再開してくれたことに今も感謝しています。 私にとって、 ライブハウスは命を繋いでくれる場所ですから。

思えば10代の頃もよく渋谷で遊んでいましたが、 当時は友達とカラオケをしたりプリクラを撮ったり、 お金が無かったのでナンパしてきた男の子たちにご飯を奢ってもらったり……そんな日常でした。
今の自分は、 あの頃は知らなかった渋谷の一面に触れている気がします。

渋谷ってすごく流動的な街ですよね。
同じ東京の街でも、 例えば神保町や神楽坂はずっと決まった人が通い続けているような安定感があって求められているものも書店や落ち着いた喫茶店だったりしますけど、 渋谷は常に色々な人が訪れては去っていく新陳代謝の良さを感じます。 良くも悪くも。

これまで書いてきた小説は新宿が舞台になっているものが多いのですが、 自分の中で新宿はどちらかというと神保町・神楽坂寄りなんですよ。 渋谷よりも土着感がある感じがして。
「ずっとここにいるんだろうな」 「ここに帰ってくるんだろうな」 って思わせる人たちがいて、 そこに何かしら物語を感じられるところがあるから舞台として使いやすい。
「新宿」 という言葉を聞けば誰もがあの街のあの感じを想像することが出来る、 ということも大きいかもしれません。

東京とも、 だいぶ長い付き合いになってきました。
遊びまくっていた若かりし頃、 小説を書いている今、 その時々で東京の様々な一面を見てきたのでこっちとしても理解が深まってきたというか……。 どこか親しみ深さを感じるようになってきました。
かつては街に対する執着や愛情がなく、 自分が一方的に搾取するだけの関係性だった気がします。 でも今は、 お互い影響を与え合いながら "共に生きている" という感覚があって。

これまで、 東京以外の地方都市を舞台にした小説はほとんど書いたことがありません。 それは私が東京以外の場所の現実を知らないからだと思います。
例えば、 東京で生まれ育った人が 「田舎暮らししてみたいな」 と思う時に想像する田舎って、 ちょっとファンタジーが入ってるじゃないですか。
やっぱり、 私が書くのは東京なんですよね。


Profile
金原ひとみ Hitomi Kanehara


1983年、 東京生まれ。 2003年に 『蛇にピアス』 ですばる文学賞を受賞し、 デビュー。 翌年同作で芥川賞を受賞。 2010年 『TRIP TRAP』 で織田作之助賞、 2012年 『マザーズ』 でBunkamuraドゥマゴ文学賞、 2020年 『アタラクシア』 で渡辺淳一文学賞、 2021年 『アンソーシャル ディスタンス』 で谷崎潤一郎賞、 2022年 『ミーツ・ザ・ワールド』 で柴田錬三郎賞を受賞、 『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』 で毎日出版文化賞を受賞。 近著に 『踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君』 がある。

Instagram@hitomi_kanehara

東京と私