松浦摩耶

─Interview 松浦摩耶 写真展「fugle」

思い出になっていく "今" を撮る

昨年12月にはじめての写真集 『fugle』 を発表した松浦摩耶さん。
生活拠点であるデンマーク、 日本、 そのほか様々な国の日常を瑞々しい感性で切り取った、
宝物のような1冊です。
2025年1月24日からスタートした展示について、
そして写真集が完成するまでの経緯や写真を撮るようになったきっかけなど
様々なお話を伺いました。

写真:柳川暁子 (CLASKA)/文・編集:落合真林子 (CLASKA)




Profile
松浦摩耶 Maya Matsuura


1993年、 千葉県生まれ。 2019年に拠点をデンマーク・コペンハーゲンに移し、 主に春夏秋はヨーロッパを中心に、 冬の数ヶ月は日本で写真や映像制作を手がける。 これまでに、 デンマークのテキスタイルアーティスト Karin Carlander のドキュメンタリーをはじめ、 ISSEY MIYAKE 〈HaaT〉 のインドでの手仕事を追ったエディトリアルや京都 かみ添の 「聴竹居」 での展示図録など、 工芸や日常を描く作品を発表している。

Instagram@mayanoue
HPhttps://mayamatsuura.com/


──今回の企画展では、 昨年12月に発表した写真集 『fugle』 に収録された作品の一部を展示しています。 写真集には松浦さんがデンマークに移住した2019年以降、 約5年間の間に撮影した作品が収録されているそうですが、 まずは時間を遡って、 写真の道を志したきっかけなどについてお伺いしたいと思います。 意識的に写真を撮るようになったのはいつ頃からですか?

松浦摩耶さん (以下、 敬称略):
小学2年生の時だったと思います。 使い捨てカメラの 「写ルンです」 で家族や友達の写真を撮って、 半年に一度くらいのペースでアルバムにまとめるのが習慣でした。 中学生になると、 母のコンパクトデジタルカメラを持って学校に行くように。 "写真を撮る" という行為よりも、 撮った写真を見て振り返る時間が好きなんです。 シャッターを押すきっかけや動機は、 思い出になっていく "今" を記録しておきたいという気持ちが主で、 それは今でも変わっていません。

松浦摩耶

──学生時代は、 カメラマンではなく編集者になりたいと思っていたそうですね。

松浦:

そうですね。 中学生の頃からずっと将来は雑誌の編集者になりたいと思っていました。 写真はあくまで趣味として撮っていましたが、 大学4年生の時、 撮影のアルバイトをしていたことがきっかけになって料理家・フルタヨウコさんのジャムの本の撮影を丸ごと一冊担当させていただくという貴重な経験もさせていただきました。 大学卒業後は出版社に、 その後アパレルや生活雑貨を扱うオンラインサイトを運営する会社に転職して記事の編集や撮影業務を担当していましたが、 その頃から副業でカメラマンの仕事をする機会が徐々に増えていって現在に至ります。


デンマーク生活で得た光への欲求

──2019年にフリーランスのフォトグラファーとして独立し、 同年にワーキング・ホリデー制度を使ってデンマークへ生活の拠点を移されました。 なぜ日本ではなく北欧を拠点にしようと考えたのでしょうか?

松浦:
小学生の頃から、 海外で生活をすることへの強い憧れがありました。 雑誌 『ELLE girl』 を愛読していたのですが、 誌面で紹介されている外国の暮らしや若い女の子たちのお仕事日記などをわくわくしながら眺めていたんです。 北欧に興味を持ったのは、 高校生の時にはじめたブログがきっかけです。 フォローし合っていた子たちの中に、 スウェーデンに暮らす自分と同世代のブロガーがたくさんいて。

──同世代でも、 日本とスウェーデンでは暮らしぶりが随分と違いそうですね。

松浦:
彼女たちが投稿する日常がとても洗練されていて……中には既に一人暮らしをしている子もいたりして、 「自分と同じ年齢で、 こんなにお洒落に暮らしている人たちがいるのか!」 と衝撃を受けました。 大学最後の年に彼女たちに会いにスウェーデンに行ったのですが、 その時実際に自分の目で北欧の暮らしを見たことが 「いつか長期で北欧へ行きたい」 と思った大きなきっかけだったかもしれません。 私もこういう風に暮らしてみたい、 と。

松浦摩耶

写真集 『fugle』より photo : Maya Matsuura


──写真集 『fugle』 に収録されている写真を撮った約5年間はちょうどコロナ禍と重なった時期で、 国籍年齢問わず多くの人にとって様々な意味で記憶に残る時間だったのではないかと思います。

松浦:
そうですね。 デンマークもわりと速い段階でロックダウンをしたので正直最初はとても心細かったです。 ただ、 歩いてすぐ行ける距離に友人が何人か住んでいて、 毎日のように散歩をしたり、 ご飯をつくったり、 濃い時間を過ごせたのもいい思い出です。

──デンマークに拠点を移してから5年が過ぎた今、 写真を撮る立場として価値観の変化や気づきなどはありましたか?

松浦:
特別大きな変化があったわけではありませんが、 以前よりも光を大切に思うようになったかもしれません。 コペンハーゲンに引っ越したのが11月だったのですが、 そこから1か月の間、 一日も太陽が出なかったんです。 ずっと雨や曇りの日が続いて、 いきなり北欧の洗礼を浴びた感じでした。 「写真って、 光と影なんじゃないの?」 って(笑)。

──冬の北欧は暗くて長いという印象がありますが……移住してすぐにそれは大変でしたね。

松浦:
でも、 今思えばそういう時間を過ごしたことで光の捉え方が変わりました。 もともと冬の光は透き通っていて綺麗ですけど北欧で暮らしているとより貴重なものに感じて、 ちょっとした晴れ間があると 「今だ !」 みたいな感じで積極的に写真を撮っていましたね。

松浦摩耶

写真集 『fugle』 より photo : Maya Matsuura


写真集 『fugle』 ができるまで

──写真集をつくろうという構想はいつ頃からあったのでしょうか。

松浦:
2021年くらいからぼんやりと考えるようになったのですが、 今いちしっくりこなかったんです。 なぜかというと、 自分の写真は圧倒的に "オンライン" なんですね。 インスタグラムをきっかけに私の写真を知ってくださった方も多いと思いますが、 私自身としても自分の写真を見る時は紙媒体よりもスマホやPCのスクリーンで見ることの方が自然なんです。 一方の写真集は、 実際に手に取ることができるフィジカルなものですよね。 だから、 自分としては気持ち的に大きなチャレンジでした。

──印刷物とオンライン媒体では、 写真の見せ方を考える時の頭の使い方が違うということでしょうか。

松浦:
だと思います。 自分1人だとどうしたらいいかわからなかったので周りの友人に相談して、 2022年から少しずつ写真をプリントする作業をはじめました。 「紙に印刷するの、 楽しいかも !」 と思うようになった一方で、 写真集は印刷物だから "もの" として残るんだという事実に対してプレッシャーみたいなものも感じたり……。 普段からものづくりをしている方を撮影させていただく機会が多く、 周りの友人もデザイナーなどものづくりに関わっている人が多いんですね。 彼らへのリスペクトがあるからこそ "怖い" という感覚になってしまったところがあって。 でも、 写真集のデザインを友人であるデンマークのグラフィックデザイナー Mahmud Sahan さんにお願いしよう ! と決めてからは、 展開が早かったです。

松浦摩耶

──収録されている写真は、 個人的な作品として撮りためていたものですか?

松浦:
仕事で撮影したものもあれば、 日常の中で iPhone で撮影したものもあります。 撮影した場所も、 デンマークや日本、 ドイツ、 イタリア、 フランスなど色々です。

──そうなんですね。 写真の並びの妙なのか、 いい意味で写真一点一点がとてもフラットな印象で、 国籍や時代を感じさせません。

松浦:
写真の並びはほぼデザイナーにお任せしました。 もともと "自分の作品がどう料理されるか楽しみ" と思えるタイプですし、 一人で集中して作品をつくるタイプというよりは誰かと一緒につくり上げていくことが好きなので、 今回の写真集もまずはデザイナーにベースをつくってもらい、 二人で試行錯誤しながら少しずつ詰めていきました。


印刷所 「narayana press」 のこと

──写真集の印刷はデンマークのユトランド半島にある 「narayana press」 で行ったそうですが、 少し調べてみたら優れた技術を持つ歴史ある印刷施設であると同時に、 独自のスタイルをもったコミュニティでもあるそうですね。

松浦:
narayana press はデンマーク国内で最も優れた専門的な印刷施設の一つで、 特に写真やアートブックなどの印刷で有名です。 従業員の人たちは施設内で共同生活をしていて、 農業や養蜂などで必要な食料を自給自足しているんですよ。 農地は農薬や化学肥料を一切使用せず、 環境に配慮した方法で運営されているのですが、 印刷業務においても FSC 認証紙や環境に優しいインクを使用して廃棄物をリサイクルするなどの取り組みが行われています。 私も実際に滞在して、 印刷の立ち合いをしてきました。

松浦摩耶

photo : Maya Matsuura


松浦摩耶

photo : Maya Matsuura


松浦摩耶

photo : Maya Matsuura


──滞在もできるんですね。

松浦:
印刷所近くのゲストルームに宿泊したのですが、 部屋の冷蔵庫には彼らが育てているジャージー牛の牛乳やバターや野菜、 手作りのパンやスープ、 クッキーなどがぎっしり詰められていて驚きました。 宿泊した翌日、 朝から写真の色味の最終チェックや細かな調整をしたあと、 最後は実際に自分で印刷ボタンを押しました。 印刷中は農場の見学をしたり、 スタッフと一緒に社食でご飯を食べたり。 帰る時には 「帰りの電車のおやつに」 と、 自家製の蜂蜜やサンドイッチなどが入ったお土産バッグをいただいて……。 印刷のクオリティはもちろんですが、 環境保全と自分たちの手で持続可能な運営を両立する彼らの仕事から、 これからのものづくりの姿勢を学べたことも大きな収穫でした。

松浦摩耶

photo : Maya Matsuura



鳥を眺めるように

──タイトルの 「fugle」 は、 デンマーク語で 「鳥」 という意味だそうですね。

松浦:
鳥を眺める時って、 驚かせないように静かに息をひそめてじっと見つめるじゃないですか。 自分が撮ってきた写真を改めて見た時、 その時間を想起させるような、 何かを静かに観察しているような時間や目線のようなものを感じました。 タイトルを 「fugle」 にしたことで、 写真集の判型をバードウォッチャーの人たちが持っている鳥図鑑のようなポケットサイズにしようというアイディアにも繋がっていきました。

松浦摩耶

写真集 『fugle』 photo : Maya Matsuura


──なるほど。 コンパクトな判型はそういう経緯からだったのですね。 ちなみに、 今回展示販売をする写真もコンパクトサイズです。 写真集よりも大きくプリントするという選択肢もあったと思いますが、 なぜこのサイズに?

松浦:
小さいほうが可愛いかなって (笑)。 あとは、 iPhone の画面で見ている感覚じゃないですけど、 小さいほうがぐっと近づいて見たくなるというか、 吸い込まれる感じがして面白いかなという思いもありました。

──今回の展示を通して、 少しでも多くの方に松浦さんの目線を体感していただけたらいいなと思っています。 先ほど、 ものづくりをしている人へリスペクトの気持ちがあるが故の迷いがあったというお話がありました。 今回ご自身がつくった写真集や額装作品を、 ひとつの "もの" として捉えている側面もありますか?

松浦:
そうですね。 展示する額装作品に関しては、 「写真を見せる」 というよりもひとつの "もの" として魅力的に感じてもらえたらいいなと考えながらつくりました。 佇まいもそうですが、 サイズに関しては自分が家に飾るとしたらどんな大きさだったら飾りやすいかな? と考えた結果、 このサイズに落ち着いた感じです。

松浦摩耶

──改めて伺いますが、 写真集 『fugle』 が完成した今の気持ちは?

松浦:
そうですね……。 今まではインスタグラムのアーカイブが自分にとって一番身近なアルバムみたいなものでしたけど、 思い出をフィジカルに振り返れる "もの" が出来上がったことが、 とても嬉しいと感じています。

──話を最初に戻すと、 写真を撮り始めたきっかけは、 思い出になっていく "今" を記録したいという気持ちでしたものね。

松浦:
はい。 改めて、 シャッターを押す動機は当時と全く変わってないなぁと実感しますね。 自分がおばあちゃんになった時に "あれもこれも楽しかったなー" と色々思い出したくて、 一生懸命 "今" を集めています (笑)。

松浦摩耶

写真集 『fugle』 より photo : Maya Matsuura





Information
松浦摩耶 写真展 「fugle」


会期:2025年1月24日 (金)〜2月9日 (日)
作家在廊予定日:1月24日 (金)、1月25日 (土)、1月26日 (日) 営業時間:水曜〜日曜 12:00〜17:00 定休日:月・火曜休廊
会場:GALLERY CLASKA (住所:東京都港区南青山2-24-15 青山タワービル9階)
●東京メトロ銀座線 「外苑前」 駅 b1出口より徒歩1分



松浦摩耶

photo : Maya Matsuura


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photo : Maya Matsuura


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photo : Maya Matsuura


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photo : Maya Matsuura